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2017年12月

2017年12月22日 (金曜日)

重粒子線治療危機に

完成、稼働開始からちょうど二年を迎えた県立がんセンターの重粒子線治療施設が治療存続の危機を迎えているということです。
専任の放射線科医師が相次いで退職ないし退職の意向を示しているということで、
報道によれば、
「先進医療の継続を巡っての見解の相違や医師間の対立」
「診療方針を巡る見解の不一致」
「治療方針を巡る意見の食い違い」
などが原因とのこと。
 
患者に負担を掛けず、がんの根治を目指す画期的な施設として注目を浴びていますが、スタートしたばかりのこれほど早い時期に大問題が生ずるとは思っていませんでしたので、とても残念です。
そもそも医師確保の困難さは、ずっと言われてきました。
県立がんセンターで病理や麻酔の先生が中々確保出来ないという問題は、私が議員になったときから既に懸案課題として挙げられてきたことです。
がんセンターを新装して手術室を増やし、外来抗がん剤のための部屋を大きくしたものの、
フル回転出来ていない状態がずっと続いているはずですが(直近のデータに基づいていないので不正確である可能性)、それも医師、看護師確保が十分出来ていないからだと言われてきました。
県立がんセンター自身は勿論のこと、県立病院機構としてもあらゆる部門の人材確保は最重点課題の一つとして取り組まれてきたはずです。また医師不足、看護師確保など人材確保の困難さは、神奈川県だけでなく、国全体の課題として大きく横たわっています。
今回の問題を重粒子線治療施設だけの問題、県立がんセンターだけの問題であると考えては薄っぺらい理解であると言わざるを得ません。
とは言いながらも、県民の大きな期待を背い、多額の税を投入して作られた治療施設としての存続のため、関係者が人脈を駆使し、あらゆる方策を使い、医師確保に向けた努力をしなければなりません。議員としても現状を批判しているばかりでなく、前に進むための取組みをしなければならないと思っています。
現地現場主義で改革を!!
神奈川県議会議員
さいとう健夫(たけお)
 
 

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2017年12月21日 (木曜日)

『長い目で悠々と生きる』

名古屋芸術文化センター総長でいらした飯島宗一先生にご出演頂いたインタビュー番組「さわやかインタビュー」の演出をNHKで行ったのが20年前、名古屋放送局の駆け出しディレクターのときのことです。
久しぶりに当時の録画を見て、先生の温かいお人柄、実直にお話をされるお姿、本質をお話しされるときの厳しいお顔、全てがとても懐かしく思い出されました。
NHK名古屋の真隣にある名古屋芸術文化センターの総長室を、事前取材の為に幾度も訪問した折にも、その度に飯島先生は嫌な顔ひとつせず、20代の孫のような私に対して丁寧にお話をして下さいました。
病理学の大家であり、原爆症研究の権威であり、長く、広島大学学長、名古屋大学総長を務められ、核廃絶への取組みにも精力的なご活動をされた飯島先生が正に人生の総仕上げとしてなされたのが芸術文化振興、国際交流事業でした。
「情報が多く、複雑な世の中になればなるほど、益々基本的なことが大切になるのではないか、目先のことに捕らわれていると長い目で見れば成功率も低くなる。」
「平和が人類社会の基本である。仮に核廃絶が実現出来たとしても、核兵器を作ることが出来るという事実は残る、俺は作れるけれども作らないという意思が重要である」
「生涯、爽やかな一書生として生きる」
など数々の深いお話しをして下さいました。
2004年にご逝去、
混迷の野党に在り、大切にしなければならないのは、
原点であり、何のために政治を志したのか、とうことです。
現地現場主義で改革を!!
神奈川県議会議員
さいとう健夫(たけお)
 

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